フィッシュマンズハイレゾ化記念 リマスタリングエンジニアに訊く

90年代を通じてバンドシーンで活躍し、「ダブ」という音楽性を日本に根付かせることに多大な貢献を果たしたフィッシュマンズ。ボーカルでありバンドの中心人物であった佐藤伸治の急逝後もそのオリジナルな音楽へのリスペクトは止まず、現在でもゲストボーカルを迎える形で不定期にライブ活動が行われている。そんなフィッシュマンズのアルバム11作品が、この度レーベルをまたいで一挙ハイレゾ化。当時を知るリスナーに、またこれからフィッシュマンズに触れるリスナーにどのように届けるか……今回のリマスタリングを手掛けた(※)エンジニアの木村健太郎さんにお話を訊いた。
※木村さんが手掛けた作品は、『Chappie Don’t Cry』『King Master George』『Corduroy’s Mood』の3作。

聞き手:安場晴生(mora readings)

 


 

――僕のリスナーとしてのフィッシュマンズ体験はzAkさんの手掛けた中でもいわゆる「世田谷三部作」と言われている後期のあたりから聴き始めて、そこから遡って初期作品も聴いていました。当時、初期のものっていうのはちょっとやっぱり素朴な印象があって、後期のサウンドとはすごく違うと感じていたんですけど、今回あらためてハイレゾのリマスター音源を聴かせていただいたときに、初期作品も非常に今っぽくてびっくりして。特に1stは当時の印象とはすごく違くて、後期作品と並べても聴いても全然色褪せてないというか……「ひこうき」って曲がとても好きだったんですけど、「あっこんな曲だっけ!?」というフレッシュな驚きもありました。なので、今日はそのあたりの謎を解きたいと思っています。

 

fishmans

取材は木村さんのスタジオ(kimken studio)で行われた。(イラスト:牧野良幸)

 

――最初にお聞きしたいのは、まず木村さんの思うところのマスタリングってのは何なのか、何をしてるのかという質問なんですけど。

木村 そうですね……ミックスの音源をCD用のフォーマットにするっていうのが主なんですけど。そこに音の調整っていうのが、人によってもっとこうしてほしいとか、このままがいいとかいろいろあるんですけど。コミュニケーションをとりながら落としどころを探っていくという感じですね。

――実際スタジオで聴ける音が聴けるのが一番いいんでしょうけど、CD(44.1Khz/16bit)というフォーマットに落とし込むための作業ということでいいんでしょうか。

木村 そうですね。まあ最近だとハイレゾ(96khz/24bitなど)というのがありますけど。

――それでいうとまさに今回ハイレゾ配信がされるわけで。CDのマスタリングとハイレゾのマスタリングの違いっていうのはどういうことだったりするんでしょうか。

木村 んー、特に考えてないです。まあジャンルにもよるんですけど、CDでけっこう音圧詰め込みすぎちゃったやつを、ハイレゾだともうちょっと聴きやすいようにとかあるんですけど。今回のはCDでもわりとギチギチにするようなことはしなかったので。あんまりそこの差はないというか。

――じゃあ同じ作業の中でわりと両方ともできたということで。

木村 はい。

――そもそもの話なんですけど、木村さんとフィッシュマンズとの以前の関わり合いみたいなことはあったんでしょうか。

木村 えーと、元々僕がSaidera Masteringでアシスタントしてたときに、フィッシュマンズがマスタリングで来てたんですね。アルバムでいうと『空中キャンプ』以降くらいかと思うんですけど。それでライブにもいろいろ当時行ってました。赤坂ブリッツとか、野音とか、リキッドルームとか。

――そのときメンバーとのコミュニケーションとかってのはあったんですか?

木村 あったかもしれないですけど……あとは当時ちょっとzAkさんの荷物運びみたいなので下北にあるスタジオとかに行った記憶はありますね。

――そのときにスタジオの、メンバーの何か音のこだわりだとか印象に残るようなことってありましたか。

木村 はい。メンバーとzAkさんで来てて。いつも低音がもっとほしいって言ってたのを覚えてるんですけど(笑)

――いまでこそ当たり前ですけど、低音を出しすぎると事故になる時代ですよね(笑) じゃあ今回お引き受けになる経緯というのはどういった感じだったんですか。

木村 春ぐらいにzAkさんから「今度フィッシュマンズよろしく~」ってショートメールがきてて、なんだろうって(笑) そのあとリマスターやるんだってのを知った感じで。

(スタッフ) わりと茂木さんが木村さんがいいなって話をしてて。あとはzAkさんとの調整もあって。最終的に結論として、zAkさんが(当時も)やったものはzAkさんにやってもらおうということになったんですけど。

――じゃあその話を聞いて。音は元々昔から聴かれてたわけですよね?

木村 はい。

――それを聴いて、じゃあこういう感じにしようとか目標のようなものはあったりしたのでしょうか。

木村 元々のマスタリングの音源っていうのがすごい好きっていうか、相当聴いてて。もうその音のイメージで固まってたんで。リマスターどうしよう……っていう風に最初いろいろ考えたんですけど。まあミックスの音源をいただいて聴いたら、わりとフレッシュな感じっていうか、CDで聴いてたものとはやっぱり違ってて。なのでそのフレッシュな感じっていうか……アーカイブに近いもののほうがいのかなと思って、その生々しいミックスの音の感じっていう状態で、上手く落とし込めればいいなと思ってやっていって。ただ何もしないで落とし込めるっていう曲はやっぱりそんなになかったんで。リミッター(大きすぎる音を小さく圧縮して音割れなどをふせぐエフェクター)とかEQ(イコライザー。音質を調整するエフェクター)っていうのは曲によって入れてるんですけど。そういうイメージですね。

――僕も聴いて思ったのは、素朴っていうと言いすぎですけど、そんな印象だったのが非常にフレッシュというか、ガッツというか、初期衝動のようなものも感じるものになっていて。初期のころからすごいアルバム作ってたんだなというのを、あらためて感じましたね。で、2ndって音楽性がまたちょっと違うじゃないですか。1枚目のようなロックステディ的な曲も入ってますけど、比べると非常にバラエティ色があって。

木村 そうですね。

――そういうユーモアだったり、バラエティ感を昔聴いたときもより感じたんですけど。その2枚のアルバムのマスタリングの方向性とかって、変えたりってあったんですか。

木村 あー……やっぱり2ndは幅がけっこう曲によってあるんで。でも方向性は大きくは変わらないんですね。

――曲ごとにやってるという感じなんですか。それともトータルで……

木村 けっこう曲ごとにやりました。意外とばらばらな印象だったんで……そこをまとめるのが難しかったです(笑) でもそれは1stも2ndも変わらなかったですね。

――マスターっていうのは何から起こされたんですか?

木村 192khz/24bitのWAVファイルでいただいて。

――元々ハーフを192khzで落としたものを使われたと。じゃあデジタルのままで作業される感じなんですか?

木村 一回プレイバックして、全曲アナログのEQとコンプを通ってる感じですね。

――それで最終的には96khz/24bitにすると。

木村 そうですね。

――じゃあ最初にした作業っていうのはどういう感じになるんですか? 取り込んで、順番にというか。

木村 まあ全曲聴いて、なんとなくこの曲から始めようっていう基準を決めて、あとはその仕上がりに沿ってやってった感じなんですけど。曲によってはプラグインも使ったり使わなかったり。

――じゃあかなり細かい作業というか。

木村 そうですね。

――今回のリマスターは時代性を超えてるなって思ったんですけど、なんかそこで現代的に解釈した部分とかってあるんですか。いまの時代に合わせたみたいな。

木村 音圧がやっぱり小さすぎないようにっていうのはすごい悩んで。ただ上げると世界観が壊れてくって部分もあったんで、そこでけっこう悩みましたね。そこはzAkさんとも音圧を揃えるというので、お互いのファイルを送って、このぐらいだったらいいか、みたいな話を電話ではしたんですけど。

――すごく元のものよりピークというか、高低差の気持ちよさみたいなのがすごく今回ある気がしました。ダイナミクスをすごく感じて。

木村 そうですね。それはけっこう活かしたかったなと思ってて。

――フィッシュマンズは、当時のバンドシーンからいくと“草食的”な感じのイメージがあったんですけど、意外と攻撃的だなっていう(笑) いまの若い人にもとても刺さるんじゃないかと。ぼくのまわりの……当時は3歳とか(笑)、そういう人に聴かせてみたらやっぱりびっくりしてましたね。全然古くないというか。
音圧のピークでも音が割れたりとかそういうのじゃなくてしっかり届くというのは、どういう工夫があったりするんですか。

木村 音圧を上げてそのアタック音のタイミングで音が歪むことはわりとなかったんですけど、その余韻というか、リリースの音の部分でビリビリって音割れがしやすかった音源が多くて。なのでアタックの部分はわりとリミッターがかからないようにして、リリース部分だけを圧縮するようなイメージで、ほぼほぼ全曲やってますね。

――まさにそこら辺が素晴らしかったというか。気持ちよかったですね。

木村 ありがとうございます。……全体の音圧とかってやっぱ小さめって感じました?

――いや、大きすぎるということではなく……フィッシュマンズの持ってる、常にガツガツ音がきてるってわけじゃないんですけど、来るところは来るというか。ダイナミクスで魅せるバンドだったんだなと。それって今のダブステップの人とかにも通じるエネルギーを感じたというか。ヘッドフォンですけど、音にガッツがあるなという印象はありました。たとえば最近ですとポール・サイモンの新譜のハイレゾとかってすごくよかったんですけど。それに近いというか。

木村 ミックスの状態がほんとにすごくよくできてましたね。

――隙間のあり方とかもすばらしいですよね。当時聴いた印象とぜんぜん違っていて、ほんとにびっくりしたんですよね。ああ、こんなことやあんなことをやってたんだって。すみませんでしたって(笑)<br /> zAkさんがリマスターしたほうの音源の印象とか、木村さんの耳からはどうでした?

木村 わりと音楽的っていうか、楽器の音が主体っていうか。リマスターですごい音楽的な感じになったっていう印象で。オーディオ的っていう感じではなくて。

――『LONG SEASON』を聴いたんですけど、難解さがなくなったなというか。音楽的と仰いましたけど、昔聴いたときよりもすっと素直に聴ける印象になってましたね。今回手がけられた作品の中だと印象的な曲とかってありますか?

木村 「ひこうき」はやっぱり楽しめたというか……何百回も聴いてたんで、そのイメージが頭にもうこびりついてたんで、ものすごく難しかったです。CDの音とイメージとミックスの音源が全然違ってて(笑) これをどういう風にマスタリングしたら、リスナー的に自分でも楽しめて、マスタリングの効果もあるものになるのかなっていうのはだいぶ考えましたね。

――でもみんな驚くんじゃないですかね、そういうことでいうと。当時やっぱり若手のミュージシャンの中にもとてもフィッシュマンズファンは多かったし。何十回何百回って聴いてる人もとても多いと思うんですけど。感想が楽しみですね。他には何かありますか?

木村 他の曲もだいたいそういうイメージなんですけど(笑) 何回かやっぱりマスタリングやり直したので一番やり直したのが「ひこうき」で。

――イヤホンで聴くとか、インナーで聴く人が多いのかなって思うんですけど。その辺とかスピーカーで聴いてほしいとか、もしそういうのがあれば。

木村 コンプとかEQの調整は全部スピーカーでやっていて。ノイズチェックだけ全部ヘッドフォンでやっていて。それで(ヘッドフォンで)バランスは取ってないので、やっぱりスピーカーで聴いてほしいですね。

――ぜひ振動も含めて、ということですね。

木村 そうですね。大きいスピーカーで聴いてほしいですね。

――そういった作業をされて、改めて認識したフィッシュマンズの魅力とかそういうのってあったりしました?

木村 隙間の多さっていうか……ここまでスカスカだったんだっていう。これで成り立つんだなあっていうか、そういう凄さというか。

――1stとか特にそうですよね。後期ほど音響的なことをしてるわけじゃないんで、やっぱり隙間がすごくあるんですけど。すごく成立してるというか。

木村 してますね。

――すごく考えらえれたミックスなんですよね。口数が多いバンドではない……情報量は少ないはずなんですけどすごく情報量を感じるというか。そこはハイレゾで際立っているのかなという感じはしました。では最後に漠然とした質問なんですが……木村さんにとって「良い音」ってなんだと思います?

木村 良い音……(しばし考える) 音楽的な部分は置いておいて、やっぱりピークがなくてダイナミクスがある音源が好きですね。

――なるほど。そういうことでいえばハイレゾっていうフォーマットはまさにそこが活きるので、それはとても幸せなことですね。今日は本当にありがとうございました。

 

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