二人のオーディオ評論家、麻倉怜士氏、潮晴男氏によるレーベルが始動! 「音楽性、音質、芸術性を兼ね備えた、大人が聴けるジャズを作りたい」

オーディオ評論家として著名な麻倉怜士氏と潮晴男氏、この二人が組んで「Ultra Art Record」(ウルトラアートレコード合同会社)というレーベルを立ち上げるという。その第一弾として、ジャズボーカリストの情家みえをフィーチャーしたアルバム「エトレーヌ」をリリースし、moraでのハイレゾ配信をスタートさせる。フォーマットとしてはPCMの24bit/192kHzおよびDSDの11.2MHzの2種類と、こだわりのあるものとなっている。そのアルバムのレコーディングが東京・代々木にあるポニーキャニオン代々木スタジオ(旧ワンダーステーション)で行われ、レコーディングエンジニア、塩沢利安氏の手によって、Pro Toolsによるデジタルレコーディングと、Studer A-800アナログテープによるレコーディングが同時にされたのだ。オーディオ評論家によるレーベルというのも、前例がないように思うが、実際どんな目的、意図があって立ち上げたのか、お二人に伺ってみた。

取材・文:藤本健

 


 

情家 みえ「エトレーヌ」

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[FLAC|192.0kHz/24bit]

 

ウルトラアートレコード第一弾、情家みえ「エトレーヌ」発売

音質に重点を置くと音楽性が損なわれ、音楽性に重点を置くと望ましい音質のパッケージソフトが少ない中、良い音で大人の音楽が聴きたいという観点の下、潮晴男と麻倉怜士がジャズサウンドをプロデュースしました。CDにA面、B面という区分けはありませんが、彩の豊かな作品にするため、A面に見立てた前半はスタンダードジャズを中心に、後半に当たるB面にはポップスにジャズアレンジを施した作品を織り交ぜ、情家みえの新しい側面を引き出すことにチャレンジしました。いずれの楽曲とも繰り返し聴きたくなる楽しい内容です。 音楽とオーディオをこよなく愛してきた二人の評論家、潮晴男と麻倉怜士がハイクォリティなジャズサウンドをプロデュース。情家みえから「抒情」と「情感」、「軽快なドライヴ感」と「俊敏なグルーヴ感」という対照的な語り口を引き出しました。オーディオ・チェックにも最適な優秀録音盤ですのでシステムのチェックにもご活用いただけます。

  • Side-A
    01. Cheek To Cheek/チーク・トゥ・チーク
    02. Moon River/ムーン・リバー
    03. I Can’t Give You Anything but Love/アイ・キャント・ギブ・ユー・エニシング
    04. Fly Me To The Moon/フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン
    05. You Don’t Know Me/ユー・ドント・ノウ・ミー
    ミュージシャン
    ボーカル / 情家みえ、ピアノ / 山本剛、ベース / 香川裕史、ドラム / 大隅寿男

  • Side-B
    06. Lipstick On Your Collar/カラーに口紅
    07. Sunny/サニー
    08. Caravan/キャラバン
    09. Can’t take my eyes off you/君の瞳に恋して
    10. Still Cragy/スティル・クレイジー・アフター・オール・ディーズ・イヤーズ
    11. Waltz for Debby/ワルツ・フォー・デビー
    ミュージシャン
    ボーカル / 情家みえ、ピアノ / 後藤浩二、ベース / 楠井五月、ドラム / 山田玲、サックス / 浜崎航


 

――麻倉先生と潮先生が、レーベルを作るとのことですが、キッカケはどういったことだったのでしょうか?

 日本人の女性ジャズボーカルの作品は多く出ているのですが、歌が芳しくなかったり、録音が良くなかったり、良い作品が少ないと以前から思っていました。それなら、二人でちゃんとした作品、大人が聴けるジャズを作ろうと思ったことが最初です。

麻倉 そうですね。私も以前からそんな思いを持っていました。約2年前、シンタックスジャパンが主催しているRME Premium Recordings のパーティーで、情家さんの初アルバム、『Body&Soul』
を初めて聴いて、これはいい!と思ったんです。情家という名前が示してるとおり、情けのある歌で情感がいいな、と。ジャズボーカルは、たとえば、歯切れのいい人だったり、ノリがいい人だったりいろんな切り口があるんですけれども、情家さんはその中でも特に感情表現が素晴らしかったので、われわれが納得するような形できちんと音にして、それを世に問うてみたい……そんなアイディアが浮かんだんですよ。

 

 

――なるほど、お二人で組んでレーベルを始めるということが先ではなく、情家さんというボーカリストが先にあった、と?

麻倉 はい、最初に情家さんの声ありきで今回の企画を進めていこうと考えました。

もう一つ、オーディオ評論家として考えてみると、女性ジャズボーカルというのはオーディオの王道だと思うんです。それを、音楽として楽しむだけでなく、たとえばスピーカーの評価をする時に、センター定位がちゃんと出るかなどを考えると、アコースティックなボーカルがわれわれにとって有用なソースになるんです。最初から最後までプロデュースして、ミックスダウンまで付き合ってという音源であれば、本当の音源というのはこうであって、今聴いているスピーカーの音は ちょっと違うなとか、どのぐらい違うなとかが分かるんですよね。なので職業的なところから、センター定位がしっかりとしたアコースティックなボーカルの音源を作りたいなと思っていました。

――確かにオーディオ評論家の方々も制作者側の意図がわからないまま聴いて評価することが多いと思いますが、その制作自体を行い、その通りに音が聴こえるのかを評価するとなれば、まさに一気通貫ですね。

麻倉 われわれも普段たくさんのソースを使って評価していますが、それは他人が作ったものを勝手に評価しているだけです。でもエンドツーエンド、自分たちで使った一番よく知っている音源を、いろいろな場所、いろいろな機材で評価すれば、何がどう違うのか、どこがいいのか、ハッキリと言うことができますからね。

もちろん音がいいだけでなく、そこに音楽の情感、音楽性、抑揚感がある物を作ろうと考えたときに、情家さんは模範的な人でした。その上、作るんだったら徹底的に音楽性を追求していこうとも思いました。ですから、東西一流のジャズミュージシャンにちゃんとバックを努めてもらって、コラボレーション、緊張感のなかで音楽を演奏してほしいと思い、最終的に今回こういったプロジェクトを作るにいたりました。

 

麻倉怜士さん

 

――いままでにお二人はプロデューサーとして音楽制作を行ったことはあるのですか?

麻倉 私は経験がないです。一方で潮先生はアニメの音録りなどでよくスタジオワークされているので、そういったところに関してはエキスパートなんですが、プロデューサーではないとおっしゃっています。なので、今回は共同プロデュースとして作品を作ろうと。そして、そこには才能を集めて、パフォーマンスも録音も一流の人を集結させて、われわれが作りたいと思っていたものを作ってみようと……。

 僕はアニメや映画の音響監督をやったり、CD作品も結構作ったんですが、それはあくまでディレクターとしての立場でプロデューサーではありませんでした。自分でもっとこうやりたいと思っても、「予算がありません」と言われるとなかなかその先には踏み込むことができません。そのため納得のいくクオリティーのものを作れなかったんですよ。もちろん音楽あってのクオリティーであって、クオリティーあっての音楽ではないので、そこを見失わずに大人が聴けるジャズを作ろうね。ということで始めました。ピアノを弾いていただいている山本剛さんや、エンジニアの塩沢利安さんをはじめとする一流のミュージシャン、エンジニア、レコーディングスタジオ、そういった中々できないコラボレーションの中で、ここに何か違う新しいもの生まれないかなということが一番大きいかなと思います。

麻倉 そうですね。音楽性と音質と芸術性を兼ね備えた、音楽ファンもジャズファンもとても楽しんでもらえるような音源を作りたいという思いは強いです。 

――A面、B面ってことですが、何かコンセプトなどはあるんですか?

 麻倉怜士A面、潮晴男B面っていうコンセプトなんです。A面B面と言ってるぐらいで、いずれアナログレコードを出したいなと考えています。そういったコンセプトで、情家さんというミュージシャンをいろんな形で伝えていきたいなと思ってます。

麻倉 A面は、ピアノの山本剛さんにお願いしているわけですから、スタンダードジャズの中で情家さんが愛してる曲を選曲しています。まず情家ワールドを届けるにはよく知られている曲がいいだろうということで、「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」「オンリーバー」などを選んでいます。

 一方B面は、全然違うコンセプトで編成的には、ピアノ主体で、サックス、ドラムス、ベースが入ってます。ジャンル的には50年代60年代のポップスというか、アメリカンオールデイズをジャズに編曲したものをB面に入れようと。最終的にアナログで出すときはA面B面として、違うコンセプトで出していこうと思ってます。

 

潮晴男さん

 

――ところでレコーディングの機材関連についてお伺いします。先ほど塩沢さんにも少しお伺いしたのですが、今回はデジタル、アナログの両方で録音していて、それぞれ同じものを18トラックで録っている、ということでした。

麻倉 はい、デジタルについてはPro Toolsを使って24bit/192kHzでレコーディングし、アナログについてはStuder A-800の24トラックのテープで録っています。その一方で、それぞれのレコーダーに送る前の、塩沢さんのコンソールから直接モニター用としてミックスした信号を2chで分けてもらい、それをDSDの11.2MHzでレコーディングしているんです。

――そのDSDのレコーディング機材についてもう少し伺えますか?

麻倉 RMEのADI-2 Proを使ってノートPCにレコーディングしています。ソフトはADI-2 Proに付属のSound it!を利用しています。ただし、ADI-2 Proの電源だけは付属のものではなく、voltampere製のGPC-DC12という電源を使っています。RME自体も推奨している電源であり、やはり安定したいい音になりますからね。

 今回はこういう実験的なこともやってみようと思いました。DSDでレコーディングする一方、せっかくこのスタジオには、アナログ時代の素晴らしいレコーダーが残ってたので、それをぜひ活用したいという思いもありました。

 

 

 

 

――先ほど塩沢さんにも伺いましたが、このStuderのレコーダーを今動かすことはほとんどないとおっしゃってました。

 まあ、テープ自体がないですし、売ってないですからね(笑)。

麻倉 直接DSDレコーディングはしているけれど、アナログでも録っておけば、これをミックスダウンしてDSDに録るといったことも可能です。もちろん、アナログレコード用に、アナログテープの素材を活用するなど色々な可能性が広がってきます。だから、とりあえず3つで録っておこう、と。それと、今回このスタジオを選んだすごく大きな理由があって、ここに置いてあるピアノが素晴らしいですよ。久石譲さんがお持ちの、STEINWAYがここに置いてあるんですけど、私も先日少し弾いてみたらものすごくいい音だったんです。アナログがあって、素晴らしいピアノが置いてある。そして、ここは、コントロールルーム側から4人のミュージシャンそれぞれと、直接アイコンタクトがとれるレイアウトなのでここを選びました。

 オーバーダビングせずに一発どりが基本なので、鮮度も大事なんですげどグルーブ感が一番必要なので、ライブではないんですけどライブ感覚の収録できる環境、ということでこのスタジオを選んだのです。

――改めてお伺いしますが、結果としてオーディオ評論家のお二人がレーベルを作る形なったわけで、情家さんをどうやって打ち出していくていうところが基本にあったわけですね。

 その通りです。情家さんをプロデュースするにあたって、レコードだったりCDを作ろうと思った時にレーベルがあったほうがビジネス上のやりとりがしやすいので立ち上げたのです。

麻倉 まぁ、そうですね。出発点は情家さんに歌ってもらって、いい音源を作るプロジェクトなんですが、 レーベルを作ったからには今後も音源と音質を極めることを基本コンセプトにして、今後も色々な形で展開していきたいなと思っています。

――ということは、このレーベルは情家さん専門のレーベルということなのですか?

 まぁ、せっかくレーベルとして立ち上げましたから、この先は情家さんだけに限らず、いろいろな展開をしていきたいと思っています。まだ詳細はお話しできませんが、第三作まではもう予定を考えているところです。

麻倉 ジャズに限らず、クラシックとかポップスも含めて、ともかく非常にいい音楽性と非常に素晴らしい音質というこの2つを車の両輪のように兼ね備える音源を作っていきたいと考えています。

――では、お二人のレーベル「Ultra Art Record」はこれからも続いていく、と!

 「やっぱりしオーディオ評論家ってすぐ辞めちゃったよ」とか言われたりしたら、格好がつかないですからね(笑)

麻倉 そうそう(笑)オーディオ評論家が作るアルバムとなると、ディストリビューターなど、いろいろな人から、「これは音のチェック用なんですか?」なんてよく言われます。「オーディオ評論家として、音質だけ極めたんですか?」ってね。それはまったく違うんです。あくまでも音質の前に音楽があって、音楽を最良のために届けるための音質っていう流れはこれからも大切にしていきたいと思っています。

――ありがとうございます。今後の展開にも期待しています。

 

 

Ultra Art Record 公式ホームページ